特注ものづくり工場

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イージー・ゴーイング

イージー・ゴーイング

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会長(親父)が永眠して今年の夏は三回忌。
眠っている場所はここからはちょっと遠いのだが、墓前にお花を絶やさず飾ってくれる方が今もいる。
それはどんな言葉よりも心が伝わる。

これまでに色々と書いてきたが、会社がどうのこうのということではないのだ。
俺の好きなもののひとつに<ものづくり工場>があるという事に過ぎない。

親父が俺に残したものには人とか土地とか建物だとかあるけれど、それは俺でなくても受け継ぐことが出来るし、大事に育ててくれるのならば誰が使ってもかまわないと思っている。

俺が言いたいのは親父が生きた証をこの肌が感じ取っているということさ。
それは俺以外の誰一人とて分からないことなんだよね。

“社会の枠組みに自分を合わせようとするのではなく、自分らしく生きることが出来ればいいのだと思う。それが階段を降りることだとすればそうすればいいだけのこと。”
これはイージー・ゴーイングという本がヒントになっていて、気持ちを言葉に置換するとこうなるのかな。

今のあなたの立場は“針の上のむしろ”だね。そんな表現をした方がいる。
普通の生活をしていると、こうした場所にはなかなか立てるものではないと思う。
けれどもこういう場所にいれることで、かけがえのない出逢いがあるのかもしれない。
なぜなら好きなものとそうではないものの区別が鮮明になってきたんだよ。


じゃぁまた。

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任せる

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「任せたよ。」
ちょっと聞くとかっこいい言葉です。
ただこの言葉を使うまでには技術や知識のみならず、人なりの教育が必要ですし、任せたと言って任せきりにしてしまっては、その方が先へ伸びないことがあります。しまいには任せられなくなって、結局、元にもどって自分が飛び回っている。なんてことにはなっているかもしれません。

任せるには、任せる側にしっかりとした展望が必要だと思います。
ただその時その場をしのぐようなスタイルで任せたのでは、便利屋さんのような扱いになってしまいます。中には本当に便利屋さんとして人間を扱っている方もいるかもしれません。

会社の将来(あるべき理想の姿)を考えながら任せることで、部下に自律性を持たせて、権限と責任を併せて委譲させて行けると思います。
営業開発は人から人へ、部署から部署へ、任せて行けるように考えて行きます。

理想を語ろう!

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現実路線で走る工場にいると理想論者が弾かれることがあります。
安定した組織風土にいると改革意識に鈍感になることがあります。

少し言い換えますと、創業者というのは不安定な中で会社を興し、安定(理想)を目指していたので日々が改革でした。ところが次代へと受け継がれると、安定ある世界の中に最初から身を置いているために、多くの人が改革意欲(理想)を持たなくなります。更にそれが酷くなると改革意識すら邪魔なものとする考えが出没してきます。改革しなければ成らない問題があることを余計な事だと思い込んでしまい、たいした問題のない会社であることを自負したくなります。

創業者は理想を持って日々を改革に取組んできたからこそ今日があります。それはほぼ毎月のペースで叱咤激励のごとく私達に届けられた会長の文書に表されていました。もし理想を持たないでこれから先を歩んだ場合にあるものはなんでしょう?

たまに会社には飛び出す杭(非真面目)が出現します。しかしこれは悪者ではありません。なぜならば真面目タイプは限りのある井戸の中で生活して行く事を考えます(会社風土に倣う)が、非真面目タイプは井戸から飛び出して外から物事を本質的に捉えられるからです。外界と比較することで問題意識(理想)が芽生えます。

営業開発部は創業者の気持ち(初心にもどる)になり、今の時代にこれからの理想を掲げ行きたいと思います。

長い付き合い

もうかれこれ35年程の付き合いをさせていただいている協力工場があります。今は先代の後を継がれたご子息が溶接業を営まれています。
船舶部品等のパーツの溶接もこなしてしまう腕の良い方なので安心して仕事を頼めます。ところが景気の波はどう変化するかはなかなか読み切れないものです。仕事量が減り廃業の危機に迫っていたのです。

この方は当社が休日の際には敷地内にある庭の手入れに来てくれます。この庭は当社の会長が気に入っていたもので、その思いを受けて会長が他界した今も面倒をみてくれているのです。

私はこの方が廃業寸前にあることをまったく知りませんでした。うかつもここまでくるとうつけ者です。当社を公私の面からずっと支えてくれてきているのに、なんというお粗末な外注管理をしていたのかと反省しました。他人事ではないと思いすぐに事情を聴きに飛んで行きました。

独立して事業を始められたのは、当社の会長の口添えがあって決意したことなど現在に至る思いを話されました。
「こうして話を聞いていただけただけで心が休まりました。またやる気が出てきました。ありがとうございます。」
私はこの返事をいただいた時にお役に立てたことをうれしく思いました。

古くからつき合いのある協力会社さんを当社は数社抱えています。どの会社さんも苦しい時や忙しい時を共に力を合わせて乗り越えてきました。この方達の懐が暖まるように営業努力をして行くのが我々営業開発部の仕事なのだとあらためて思いました。

了見

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了見には考え、思考、ゆるすことという意味があるのですが、世間でよく<了見が狭い>という言い方をします。それは“自分のことばかりで他人を受け入れない”とか“行き当たりばったりな考え方しかしない”ということだと思います。

工場にいると意外にこの了見の狭さに出くわす機会が多いのです。
例えばこのような言葉として表現されます。
「間に合わない」「値段が安い」「やり方がダメだ」「設備がない」

状況を踏まえながら使い分けが出来ていれば良いのですが、これが口癖になっているとあまり良い状態ではありません。
なぜなら、このような表現は<人のやる気をはぎ取る言葉>にもなるからです。

また上司の了見が狭いケースもあれば、部下の了見が狭い場合もあります。
たまたま虫の居所が悪いならば時間が解決するのですが、長い時間が経って出来上がった了見の狭さはやっかいです。

特注ものづくりには<了見の幅>がある程度は必要なのだと思います。

「それは無理です。」ではなくて「出来るように考えます。」

そんな可能性を秘めた営業開発部でありたいですね。

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